(Маґарі-но Охіне-но Міко, /Принц Маґарі/, “Ніхон-сьокі”: XVII, 103)
IV. («Ман-йо-сю»)
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(Імператор Юряку, “Ман-йо-сю”: I, I)
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(Імператор Темму, “Ман-йо-сю”: I, 27)
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(Осакабе-но Отомаро, “Ман-йо-сю”: I, 71)
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(Отомо-но Табіто, “Ман-йо-сю”: III, 338)
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(Отомо-но Табіто, “Ман-йо-сю”: III, 342)
V. («Кокін-вака-сю»)
Передмова Кі-но Цураюкі
神をもあはれとおもはせ、をとこをむなのなかをもやはらげ、 たけきもののふの心
VI. «Такеторі моноґатарі»
かばかり志疎ならぬ人々にこそあンめれ。」かぐや姫のいはく、「何 ばかりの深きをか見んといはん。いさゝかのことなり。人の志ひとし かンなり。いかでか中に劣勝おとりまさりは知らん。「五人の中にゆ かしき物見せ給へらんに、「御志勝りたり。」とて仕うまつらん。』と、 そのおはすらん人々に申まをし給へ。」といふ。「よきことなり。」とう けつ。日暮るゝほど、例の集りぬ。人々或は笛を吹き、或は歌をう たひ、或は唱歌をし、或はうそを吹き、扇をならしなどするに、翁出 でていはく、「辱くもきたなげなる所に、年月を經て物し給ふこと、 極まりたるかしこまりを申す。『翁の命今日明日とも知らぬを、かく のたまふ君達きみたちにも、よく思ひ定めて仕うまつれ。』と申せ ば、『深き御心をしらでは』となん申す。さ申すも理なり。『いづれ劣 勝おはしまさねば、ゆかしきもの見せ給へらんに、御おん志のほど は見ゆべし。仕うまつらんことは、それになむ定むべき。』といふ。 これ善きことなり。人の恨もあるまじ。」といへば、五人の人々も「よ きことなり。」といへば、翁入りていふ。かぐや姫、石作皇子には、 「天竺に佛の御み石の鉢といふものあり。それをとりて給へ。」とい ふ。車持皇子には、「東ひんがしの海に蓬莱といふ山あンなり。そ れに白銀を根とし、黄金を莖とし、白玉を實としてたてる木あり。そ れ一枝折りて給はらん。」といふ。今一人には、「唐土にある、火鼠 の裘かはごろもを給へ。」大伴大納言には、「龍たつの首に五色 に光る玉あり。それをとりて給へ。」石上中納言には、「燕つばくら めのもたる子安貝一つとりて給へ。」といふ。翁「難きことゞもにこそ あンなれ。この國にある物にもあらず。かく難き事をばいかに申さ
VII. («Отікубо моноґатарі»)